トコトコトントン トコトコトン
(その2)
Vol.13
私はこの珍事件に遭遇して、いつのまにか長風呂になっていた。
「うーん、それにしてもあの子の母親はどうなっているのかしら?!」
おせっかいにも余計な事まで気になり出した。「私達の世代ならば、ありえない事だけど。幼児なら母親が連れてお風呂に入るものなのに・・・」
その時お父さんの声がした。
「さあ、ご機嫌直してキレイキレイしようね。これから体洗いますよー」
「ナヌッ?!お父さん、君は今まで、『トコトン』って遊んでいただけで何もしていなかったのぉ?!」
思い出せば、子供が小さい時、お風呂に入ったら、もうそれはゆっくりするなんてものではなかった。子供が泣こうがわめこうが、パパッと洗ってササッと流してドブン。
「そんなにバカ丁寧にしなくったっていいのに。ウーン、やっぱりキャリアの差よね。」
こんな所で優越感を持っても何もならないのに、そんな事を心の中で呟きながら、プシューッと肩まで入っては出ては、を繰り返していた。だが、天井からは、さっきから雫が時折、頭の上にポタポタ落ちて来るし、もうかなりのぼせてクラクラして来た。だからこの辺でさっさと切り上げて出れば良かった。が、子供の泣き声を聞くと「母性本能」?!という訳ではないが、妙なこだわりで、隣の親子の行く末が気になって仕方がない。
子供はいよいよ機嫌が悪くなり、「ヤダー、ヤダー!!」と絶叫して足を踏み鳴らす。
ところが、隣のお父さんはイライラする気配もなく、黙々と子供の体を洗っている様子。
「さあ、終わったよ、きれいになったねえ!」
の声に、そっちよりこっちの方がやっと安堵し、さあ、これで出よう!と思った瞬間、お父さんの次なる声。
「さあてと、もう一息だよ。今度はシャンプーだ!」
「なにぃ!!」
この期に及んでまだシャンプー?!子供は半狂乱で泣いているのに、お父さん!あなたは打楽器奏者じゃなくて、どこかの頭カチンコチンのエンジニア?!何もマニュアル通りに進めるのが子育てじゃなくってよ、早く出なさい!!
こちらの頭の方が、熱気とストレスで沸騰寸前だった。出来るものならバスタオルを巻きつけて「鬼子母神」宜しく、壁一枚向こうの子供をさらって、全部代わりにやってあげたかった。が、ところで、何故、アカの他人の為に自分が「鬼子母神」にならなくてはならないの?
悲鳴に近い泣き声が轟く中、半ゆでだこ状態になった私は、フラフラと、やっとの思いで風呂場から出た。
着替えてやれやれと、のれんをくぐって出ようとした時だ。向こうの廊下から、パタパタとスリッパの音がした。見ると、小学生の低学年位の女の子と、その後ろを幼稚園児位の、妹と思われる女の子が駆けて来る。二人は私の前に来ると、男湯の青いのれんの前で立ち止まった。そしてお姉ちゃんの方が、大きな声で奥に向かってこう呼びかけた。
「お父さんいるー?」
「いるよー、どうしたの?」
「お母さんがね、『あんまり遅いから見ていらっしゃい』だって。」
「ああ、今すぐ行くよ、全部終わったから。お母さんにそう言っておいて。」
「ふーん、でもね、お母さんね、『待ちくたびれたから、もう先にビール頂いてます。』だって。で、さっきから一人でビール飲んでいるよ。」
「ビール?「ビール先に頂いてます。」だってェ?!
ダンナ様に子供を預けたあなたのおかげで、私がこんな思いをしているのにィ?
「鬼子母神」化したゆでだこは、へたへたと長い廊下の奥へと、去って行くのでありました。(完)
2004.11.11 岡本由利子
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