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 日々雑感
   

2007〜2008年
おふくろさん

■ おふくろさん
2007-04-14 (Sat)


■ 新年
2008-01-16 (Wed)


■ 作曲の続き
2008-04-26 (Sat)


■ 石の時間その1
2008-09-14 (Sun)


■ 石の時間その2
2008-09-21 (Sun)




 

2007-04-14 (Sat)

 森進一さんの歌う「おふくろさん」を聞いて、「はて待てよ、この歌ってこんな歌だっけ?」と思ったのは数年前の紅白の時だったと思う。昨今取り沙汰されているイントロ部分の事である。このイントロ部分については結構昔から既についていたというので、私の記憶違いかもしれないけれど、初めてこの曲を聞いた時には無かったと思う。それを言うと歳がバレてしまいそうだけど、我々世代なら、彼がデビューした頃から知っているので相当昔の話になる。

 ズバリ、イントロ入りが好きか、無しが好きか。勿論無しである。
 無言の沈黙の果て、つまり歌の始めにドンといきなり「おふくろさん」が来てこそ、そこに母への想いの全てが集約されている。
 イントロから少しずつ高めて、「おふくろさん」が来るのではなく、いきなり真っ先に「おふくろさん」と突いて来る、ここに、押えようもない感情、ほとばしるような想いを感じて、強烈である。

 それにしても、私は森進一が歌っている時、「おふくろさん」は何処かで森進一のお母さんを思い浮かべながら、聞いていた。だいぶ報道も沈静化して来たが、今回こんな大騒動になった事で、作詞家の川内氏の方の事もいろいろ伝えられ、今まで知らなかった川内氏のお母様の、人としての大きさをあらためて知る事となり、びっくりしたのである。
 お母様という方は、恐らく自分の事以上に周りの人に目を向けている、人の為に動く事を自ら実践されていらした方ではないだろうか。
 自分に厳しい、芯の通った母親の生き方に触れ、詞が自然に生まれたという思いがする。

 考えてみれば、作詞家が詞を書いているのだから、「おふくろさん」は作詞家のお母様への思いから生まれたというのが普通なのだけれど、実際私は森進一さんのお母様の方を想像していた。ここが本当にやっぱり、すごい出会いがもたらした曲なんだと思わざるを得ない。

 私は、この騒動の一番元になっている点、人の作詞した作品に別の詞を加えるという行為がそもそも間違いなので、これは法的にもはっきり著作権の侵害として認められる通りでそれが正しいと思う。そしていろいろなお二人の感情的な行き違いについては、その経緯を知らないのでわからない。

 ただ曲がりなりにも、自分も曲を書いたりするから思うのだが、どんな曲を書いても、演奏されてこそ、である。出来れば素晴らしい出会いによって、その曲が生きてこそ、であると思う。そういう出会いは滅多にあるものではないので、勿体無い話ではある。

 

 



 
 

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