HOME blog日々雑感 pastrale 音楽活動・Profile 作品 リンク



 
ガスコンロの話(ブランド万才完結編)
Vol.11

 前にブランドの話をして、突然、何故今度は「ガスコンロ?」である。
 話は遡るが、我が家ではこの地に引越しした21年前、新しいガスコンロを購入した。ガスコンロと言うと古臭いが、コンロは4つ口大型オーブン付き、当時でも結構値のはる最新式の物であった。
 それでも、食べ盛りの子供達の毎日の食事作りには、本当に重宝し、21年間ただの一度の故障もなかった。

 ところが、最近このコンロの口の一つが、着火しなくなった。
4つ口のうちの一つである。すぐ困る訳ではないが、なんだか長年使い続けていると子供のうちの一人の具合が悪いような気がして、やっぱり修理を頼もうと思った。
 だが、そこからが大変。こう書くと、外国製と思うかもしれないが、それが国産T社。
 何、T社?じゃ、「マサに・・だね。」の指にポッと青い火を灯すコマーシャルがよぎるでしょう?それも違う。というか、それなら簡単、だってすぐサービスに来てくれるもの・・・

 結論から言うと、もうこのコンロを作った会社は存在しなかった。その代わり、この製品の修理を引き継いでしてくれる会社は見つかった。電話の応対に出た中年と思しき女性が私にいきなりいわく
「あのう、着火しないって、奥さん電池、きちんと交換しています?」
「いっ?!電池?」
私は一瞬言葉を失った、というか、こういう初歩的なミスをしかねない私なのだ。が、21年間、一度も電池交換なしで着火出来たし・・・それを向こうに伝えると、とにかくも、修理の人をよこしてくれる事になった。


 そしてある日、その修理の人がやって来た。昔の器具だからそういう事に詳しい、比較的年配の人が来るかと思いきや、息子と同い年位の、茶髪の若い子だった。
 彼は来るなり、コンロを見てビックリしたように言った。
「へエー、思っていたよりきれいだ!」
 先に言っておく。私は自慢できるような掃除好きのマメな主婦ではない。ただ、コンロの表面が、今ならとっくに出回っている、ふきこぼれなどを拭き取りやすいタイプのものだったので、20年経ってもステンレスの表面がそこまで汚くならなかったのだと思う。
「ウーン、昔のものって、確かに作りがしっかり出来ているんだよなあ。」
彼はオーブンの扉まで開けて内部をあちこち「観察、」しながら呟いた。
「あのう、着火の為の電池なんか、交換した事ないけど、電池、要らないんでしょう?」
私がおそるおそる尋ねると、彼は
「そうですよ、この昔のタイプは電池なしで着火出来るから便利なんです。」
と、うなずきながら答えた。
 しかし、本題の着火しない口の部品交換の話になると、予期した通り、もはや部品は手に入らないとの事だった。
 
 多分、この茶髪の男の子は、上司に、古いコンロをこの機会に取り換えさせるよう、言われて来ているのではないかと私は勝手に想像して、こう聞いてみた。
「今じゃ、随分使い易い、いいもの、出ているんでしょう?おいくら位するものなの?」
すると、意外にも、その子は首を振って、ちょっと語気を強めて言った。
「奥さん、僕、いろんな現場、まわっていますから、もしこのタイプに合う部品を見つけたら持って来ますって。ダメダメ、他のもの買うなんて言ったら、このコンロの機嫌を損ねちゃうから。」
 この言葉には驚いた。良いものを大切に長く使うという気持ちを、若い子の口から直接聞けたからだ。「今の若者は・・・」などと嘆くなかれ、しっかりした子は本当にいるのよね。


 さてさて、そもそも本題、「ブランド」とは一体何だろう。私はこのガスコンロの設計者や、あるいはこれを組み立てた職人さんの、仕事への誇りのようなものを感じる。それは故障を生まず、メインテナンスも必要としなかった。結果、その製品は燦然と輝いたけれど、それは、はっきり言ってあまり会社の「儲け」にはつながらなかったかもしれない。皮肉な事に、何年か後には、会社の名前まで消えてしまっていた・・・
 けれど良いものは良いに違いなく、愛着もわき、こんなにも長く、更に大事に使いたいと思っている消費者がいる。これこそ「ブランド品」なのではないかと思ってしまう。

 ところがいつのまにか、日本では「ブランド」の考え方が、「有名ブランド品を持っている事がオシャレ!!」みたいになってしまった。日本人のたとえば若者のそうした心理を突いて、
「パリの空港でないと手に入らないブランド品」というものがあり、わざわざ買いに行く女性もいるらしい。「パリに行って来た事。」「そういう希少価値のあるものの存在を知っている事。」「それを所有する事で町中の羨望の的となれる。」二重三重の優越感に包まれる幸せ・・・でもこんなにも貧しい気持ちはないんじゃないか?

 大体が外国に行ってみると、若者がブランド品を持ち歩いている国なんて、日本ぐらいじゃないかと思う。一度、留学中の娘を訪ねての帰り、そのフランスの空港でこんな光景に出くわした。そこにはブランドショップが立ち並び、30代位の若い日本人の女性達が買い物をしていた。フランス人の店員二人は、高価な買い物をしてくれる日本人と思ってか、愛想笑いを浮かべて応対している。が、そのうちバッグか何か買う事が決まると、店員同士、お客の見えない所でちょっと首をすくめ、呆れたように言葉を交わして包装を始めた。「全く日本人ってよくお金出して、こんな高価なもの、買うわよね。」私にはどうみても、そう言っているように感じられた。どうもそれ以来、この類の店の前を通ると、店員の微笑が、どこか皮肉な笑みとしか思えなくて、あまりそういう慇懃無礼な輩には近づきたくない思いがある。

 だからと言って、私は決してブランド品を持つ事が悪いと言っているのではない。「さすがいいものはいい。」そう思う事もある。ただ、あまりまわりに振り回されるのはどんなものだろう?

 そしてこれまたおかしな話なのだが、一方で、日本では「ブランド所有欲」をくすぐる典型の話として、表がグッチ、裏がセリーヌの「両面使えるベルト」を販売していると聞くから、もうこうなると、ぐるっと前回の話に戻って「万才」!!

 ブランドから話を起こしたら、「本物とは?」が、いつの間にか人間の何だか「すさまじい」部分や、あるいは「恥ずかしい」部分をえぐって、それがどこか「おかしさ」にたどりつき、まあ、語り尽くせば長い長い「ブランド話」ではあった。

 ところで、家の着火しなくなったガスコンロは先日、何が起きたのか突然復活し、再び使えるようになった。今思えば子供も大きくなり、その口だけ、以前のように頻繁に使わなくなっていたのだ。この復活、嬉しいではないか!当分、いや、こうなったらこのコンロ、使える限りずっと使って行きたい。

2004.7.18

 


back <<  Vol.11 >> next
 


Copyright 2011 Omp Office, All Rights Reserved