ご近所のTさんとは、20年前に今の場所に引越て以来のおつき合いです。
ショートカットにジーンズ姿で、よくお家の周りの落ち葉をサッサと掃いていらっしゃって、通りかかると、いつもさわやかな笑顔で挨拶して下さる、それは素敵な方です。
その後私の卒業した大学の先輩である事もわかり、ますます尊敬の思いを強くしました。たとえば・・・私の卒業した日本女子大学というのは、昔は「良妻賢母」の女性を輩出していたらしいのです。「らしい」というのは私に実感がない為?!ですが、主に60代前後からそれ以上の先輩方にはその傾向は強いのではないでしょうか。
Tさんは毎朝ご主人が車で出勤なさる時は、必ず外に出てお見送りし、その際、「今日もどうぞ一日お仕事頑張って下さい。」という様に、車が出る時、丁寧に深くお辞儀をされるのです。私は時々そのシーンに出会い、いささか驚きと感動をもって眺めておりました。
その姿があまりに美しいので、ある日たまたま主人が車で出掛ける日に、真似て私もトライする事にしました。出発の際、少し頭を下げて内心「完璧!」とほくそえみ、横目で車を追うと、車は何故か2,3度ブレーキをかけながらも、そのまま行ってしまいました。その夜、主人にブレーキの訳を尋ねたら、「いやね、バックミラーで見ていたら、君が突然かがみこむから、腹痛でも起こしたかと思って、戻ろうかと迷ったんだけど・・・」
さて、私がよりTさんと親しくなれたのには、Tさんがとても音楽がお好きだという事があります。私のコンサートにも、いつも必ず喜んでいらして下さるのです。私の作品に「さくらの小径」というのがあるのですが、Tさんのお家の桜も、この作品の出来上がるきっかけになっています。ある日Tさんのお宅が塀の工事をなさったのですが、塀にこの桜がぶつかってしまう。どうなるかと案じていたら、この木を切らずに塀を何とかまわして作ってありました。あとで「岡本さんがこの桜から曲を作ってくれたから。」って仰って・・・
ところが先日ご近所の、別の奥様からの電話で私はひっくり返りそうになりました。
そのTさんが突然亡くなられたというのです。お通夜や告別式の日や時間を聞いている間、私は呆然としながらテープを巻き戻す様に、記憶の糸をたぐりよせていました・・・そういえば最近お掃除される姿を見かけなかった事、必ずいらっしゃる私のコンサートに、今回は「ごめんなさい、最近体調があまり良くないの、CDだけ頂くわ。」と仰った事等々。
お通夜で写真の中から微笑みかけるTさんに、こらえきれぬ感情を覚えながら、お別れを心の中で申し上げ外に出ようとした時、Tさんのお嬢さんが私に近づき話してくれました。
「母は病室で、『灯を囲んで』のCDを、ずっと聞いておりました・・・」
Tさん本当にどうもありがとうございました。どうぞ安らかにお眠り下さい。
2002.9.2 岡本由利子 |