HOME  > バレエ「ダーナの泉」 > バレエ「ダーナの泉」公演記録 > 総まとめNo.5 <プロデュース 前半>




 バレエ「ダーナの泉」 総まとめ N0.5 


 公演についてはただの記録だけでなく、エピソードや、その時に思ったり感じた事も加えて、主に下記3つに分類して書いてみようと思う。

<音楽> <バレエ(前半)(後半)> <プロデュース(前半)(後半)>


<プロデュース (前半)>

プロデュースをするという事

正直な所「プロデュースをした」なんて、あまり書きたくはないのが本音かもしれない。
本当は誰かにお願いして作曲だけに集中したかった。でもこれは仕方のない事だ。叶えたい夢や想いを、同じ目線と同じ熱さで感じて、更に企画を任せたら非の打ち所が無い様にこなして併走してくれる人なんて現われませんもの。
勿論、それを仕事としている人もいるかもしれない。けれど予算上、出来る事は自分でやり、いつも私の活動を支えてくれる友人、知人、親戚の力を借りて何とか乗り切るしかない。公演の責任者が必ずしもプロデューサーかどうかは疑問だが、作曲だけでなくプロデュースをしている自分が、今回の公演の責任者である事を伝える必要はあった。

確かに公演のプロデュースをするという事は、大きな方向を決めたり、まだ見えないものを描き実現して行く、手応えや面白さはある。が、その事だけに集中できるのは、バックに何人もの人手がある場合の話で、現実はそんなに格好良い話でも何でもない。バレエ(後半)で書いた様に、裏方仕事の一切もこなすという事だ。予算とにらめっこしながら、ひたすらスケジュールの調整や、演奏家やスタッフとの連絡や交渉に追われる。足で会場確保に出向いたり、チラシ作成、お客への宣伝やチケットの販売等、あらゆる雑用に飛び回るという事だ。でも何かあったら全責任が来る。本当に(自分の事ながら)割が合わないっ(笑)


バレエ公演はとてもお金のかかる世界

ところで今回プロデュースをしてみて、何を一番感じたか?バレエの美しさや素晴らしさについては、ひとまず横に置いて現実的な世界で。率直に言うと、
「バレエはとてもお金のかかる世界である。」という事だ。総合芸術―ミュージカル、オペラ、それは皆同じだろう。
勿論、それは重々承知で臨んだ。それをスポンサーも無く、寄付も頼まず、広告収入も無く開催すれば当然赤字になる。けれど今回は金銭面で誰にも気を遣わないでやりたかったのだ。つまり此処まで長い時間をかけ、想いを温めて創って来たものだけに、頭を下げて寄付をお願いした上に、何となく制約を感ずるのもしんどくて・・・でも、それは自分が此処に全てをかけたから出来た事で、この先、同じ様な形で何回も出来る訳ではない。
何と言っても金額の桁が違う。1回の公演が数百万円の世界だ。


過去に何度か音楽コンサートを企画して

私は40代の頃から何度か音楽コンサートを企画して来た。全音からの楽譜出版記念コンサートを、今はもう無くなってしまったカザルスホールで開いた時は、かなり大掛かりなものだった。が、普段は主にピアノ曲を自作自演し、それにゲストを呼んで演奏して頂くパターンが多かった。会場は主に近くの公共の施設を借りていたので比較的安く抑えられる。100~120位の座席数で1200~1500円のチケット代。ほぼ満席の事が多かったので10万円強の収入になる。が、これからゲストへの謝礼、会場費、通信費、雑費等を差し引くと何やかや無くなってしまうのだが、続けられたのは勿論若かったのと、まあトントンにやれた事、そして何より大勢の方が喜んで下さっていたからだ。余談だが、チケット一つ作成するのにも、如何にお金をかけないか、という事で知恵を絞り、まだ普及していなかったコンピューターに、コピーペーストの機能があるのを知って、少し厚手の紙に印刷し、裁断して手作りしたものだ。更にこの頃は、三人の子供達のお母様方が声掛けして会場に足を運んで下さっていた事も大きい。実は今回のバレエ公演でも、その時の何人かの友人が裏方で手伝って下さったり、かなりの数がお客様としていらして下さっている。一朝一夕には出来上がらない人との結びつきが如何に大切かとつくづく思い知らされる。


初めてバレエ公演を企画して、気づいた事、

(1)バレエ公演の出来る会場&稽古場 ~音楽コンサートとの違い~
バレエ公演を行うのには幾つか気を付けなくてはならない事がある。これはバレエ関係者なら至極当然の事なのだろうが、音楽コンサートをして来た者には新鮮な事ばかり。

①まず稽古場にも本番会場にも基本、リノリウムが敷かれているという事。
バレエダンサーは脚が命。スポーツ選手なら堅い床には厚底シューズで対応出来るけれど、ダンサーはそうは行かない。衝撃を吸収し怪我から守り、且つ適度な硬さのある素材で敷き詰められた床が必要になる。主に稽古場として使った新宿村にはその様な床が完備していたが、本番会場には当然リノリウムを敷かなければならなかった。

②天井の高さと広さが必要
バレエには、男性が女性を高くリフトする場面があって、天井の高さに留意する必要がある。この事で会場を何回か見直さなければならない事があった。バレエの規模にもよるが、当然ながらじっと座って演奏する音楽コンサートと違ってバレエは四方に動く芸術。広さにも注意が必要、出来れば舞台に奥行きがある事が望まれる。

③両袖のある舞台
「袖が無いと汗も拭けません。」江藤先生の言葉が印象的に残っている。音楽ホールには、舞台と言っても両袖も無く、単にポツンとグランドピアノ1台が乗っている会場もあり、出演者は観客側から登場する事だってある。照明もプログラムの内容にもよるが、基本、大掛かりなものは必要無い。それでも音楽コンサートは成立する。
が、バレエではパッと飛び込んで汗を拭いたり、そこで多数の出演者が待機したり、小道具の用意をしたりと、観客から見えない「袖」のスペースは必要だ。
以上の様にバレエ会場を選ぶのにはそれなりの制約がある。裏返せば「私共のホールは音楽ホールとして造ってあるのでバレエ公演はご遠慮願いたい。」と断られた事もあった。

(2)生演奏の大変さ 楽器の移動の問題
今回の公演は私にとって「新作バレエを実験的に試みる」という意味合いもあった。
こだわっていたのは、①物語性のあるバレエ②オケの生演奏を使う事。その代わり、セットに費用はかけず、照明と小道具による演出とした。この選択はまずまずだったと思う。

ところが大事な点を一つ見落としていた。リハーサルの場所である。リハーサル、つまり振付が出来上がって、本番前に生演奏と実際合わせてみる訳だが、これを最初、新宿辺りの会場で考えていた。つまり先程から何度も言っているリノリウムを敷いた場所でないとバレエは踊れないので、その場に演奏者に楽器を持って集まってもらって合わせようと思っていたのだ。だが、良く考えてみれば大型の楽器(ティンパニ)など持ち込める訳もなく、その運搬費用もかかってしまう。生演奏でなければ録音でいかようにも出来るのだが。

それで急遽、本会場のいずみホールの空いている日を探して押さえた。このホールにはティンパニがある。当然ながらリノリウムは敷かなければならないが、本番会場でリハをやれば、音量や、音楽とバレエとのバランスもわかる。こうして事無きを得たのだが、うーむ、リノリウム君、君の為に、音楽コンサートしか知らなかった者は結構振り回されたのですよ。こんな事、バレエ関係者からみたら笑ってしまう話かもしれませんが。

つまりです。上記から見えて来た事。そんな理想を言っても仕方のない事ですが、リノリウムが敷き詰められ、天井高も奥行きもあり、勿論両袖もある会場があったら。更にそこには幾つかの稽古用の部屋も備えられている環境・・・つまりバレエ専用の総合的な建物があれば問題は全部解決しますね!
大きなバレエ団にはそんな要件を満たす稽古場や会場全てが整っているのでしょうか?
劇団四季はミュージカルですがミュージカルに特化した建物を持っていますね。
現実に戻り、私の場合はリーズナブルな会場や練習場を探すと、区や市のホールとなり、そこを押さえるのには、まず抽選ありき。会場確保の難しさをヒシヒシと感じました!

(3)そもそも一般的にはバレエ音楽の創作を指示しているのは誰?
①19世紀に遡ってみると・・・
今回は私があらすじを書き、それに沿って音楽を書き、踊って頂いた。
でも本来、新作バレエを創る時は、誰が「こんな音楽が欲しい。」と作曲家に指示を出しているのだろうか?

例えば私の読んだ19世紀のグランド・バレエ制作の話の書いてある本では
「プティパは70歳の高齢ながら、マリンスキー劇場のバレエ・マスターであったので、新作バレエの振付はごく自然の成りゆきのうちに彼の手にゆだねられた。彼はチャイコフスキーに、作曲にあたっての詳細な構成台本をおくり、音楽はどんな調性で何拍子、どの程度の長さを要すかを指定した。」<チャイコフスキーのバレエ音楽 小倉重夫/音楽之友社>とある。更にこの先に、「眠れる森の美女」のオーロラ姫が、紡錘針を手にした老婆にみとれ、針を自らに刺してしまい、発狂し倒れるまでを、そして王と妃が嘆き、カラボスの老婆が静かにマントを脱ぐまでを、此処は何拍子で、此処は22~32小節で書いて欲しい、終わりはトレモロに、全管弦楽の半音階で、と言う様に、実に細かく繊細に作曲家に指示していた様子が続く。
 
「くるみ割り人形」でも同様「≪眠りの森の美女≫のときと同様に、踊りの長さや性格、ときに小節数までが、前もってバレエ・マスターによって指示されていて、作曲家は指示通りに従っているという」<永遠の「白鳥の湖」p.218~219 森田稔/新書館>とある。

単なるイメージを伝えるだけでなく、作曲家にこれだけ細かな指示を出すという事は、それだけ音楽に精通しているという事だろう。

他にもウセヴォロジュスキーという劇場監督官は、帝室劇場のバレエ音楽が単なる伴奏音楽にとどまりマンネリ化しているのを刷新しようとし、当時バレエ専任作曲家としての終身の地位を与えられていたミンクスを失脚させ、チャイコフスキーに作曲依頼したという。

率直に言って、器が大きいと言うか、今あるものを壊すその勇気と魂の強さに驚く。
と同時に、それだけの、本当に良いものを見抜ける力量に感嘆する。当時まだバレエ音楽を書いていなかったチャイコフスキーに、その音楽の全てを賭けるのだから・・・
この頃の時代のバレエを創っていた人達の本を読むと、何より良いものを生み出そうとする熱さが伝わって来る。その為にぶつかり合うし、その結果は必ずしも成功ばかりではないのだが、正直その成功が何なのかも全くわからない。今ではバレエの代名詞の様になっている「白鳥の湖」だって、初演は不人気、失敗作だと言われていたのだから・・・

②自分の場合は?
そこで自分に話を戻すのもやりにくいのだが、そういうバレエ音楽の在り様を本で読んで来たので、上記のバレエ・マスター(バレエ団で演目の責任をもち、新しい作品の振付も行う舞踏監督<コトバンクより>)と呼ばれる人に出会えないと、何も始まらないのでは?・・・という思いがずっとあった。
多分、幾つかのバレエ団はそこには専属の作曲家もいるのかもしれない。ただ、私の様にバレエに何のツテも無いと、作品を見てもらう事はまず困難。せめても新作の為の音楽を募集する「バレエ音楽コンクール」の様なものはないかと調べたが見つからなかった。
それで順序は逆だが、こういう構想でバレエ音楽を創ってみたけれど、これに振付け、踊って頂く事は出来ないでしょうか?という発想での自主公演となった。

(4)バレエは肉体の芸術 ダンサー出身の振付家の役割は大きい
当たり前の様だが、あらためてバレエは肉体の芸術と思い知らされる。勿論、肉体だけでなく、高い精神性も求められるが、その事はひとまず置いて、こちらの思う以上に体力を消耗するものだと実感する。
振付家なら、バレエを熟知している人が多いだろうから、ダンサーの体力の許容量も知っているだろう。先述のバレエ・マスターにしても、それが芸術監督の様に名前が変わっても、バレエ経験者であれば自分の創りたいバレエのイメージと、音楽はどの位の長さのものを、どんなテンポで持って来て、そこにはどんな動きで表現すれば良いかを身体で感じ取る事が出来るだろう。

(5)バレエ音楽には何が必要?
だが今回は自分が原作を書いたし、イメージを伝える意味でも、あまりとらわれずに音楽を創る事が大事、と、自由に作曲した。
その結果、どうだったか?
簡潔に言えば、そこは振付け次第で何とでもなる、という事だ。
何処で誰に何小節踊ってもらうかで、無理の無い組み立て方も出来る。

ただ指示待ちでバレエ音楽を書くのではなく、今回の様に自分から音楽を発信する場合は、結局、俯瞰してバレエ作品全体を見る必要があると思う。ダンサーの出演人数、物語の筋立て(流れ)、時間配分など・・・例えば少人数になれば、当然ダンサーに負担がかかるので、物語を短くし台本を変更したり、1曲1曲をコンパクトに書き換える等の作業が必要だ。でも、この辺が振付家とのやり取りの微妙な所で、それはまだ完成品でなくても良いのだ。

何故か?作曲者から振付家に音楽を渡す場合を布にたとえてみると、こんな風になる。
作曲者が「この情景はこんな色の布、次の情景はこんな色を。」と、その場の雰囲気の色の布を振付家に渡すと、振付家は「最初の布はこの位の長さで、次はこの位で十分かな?」と布をカットする。でも「最初と次の布のつなぎに、こんなイメージの色の布を数センチ足してくれる?」と、作曲者に注文する。作曲者は今度は大急ぎでその布を用意しなくてはならない。
つまり切った貼ったしても、曲は自由に動いて成り立つ組み立て方にしておく方が良いと感じた。そんな事、言う程、実際はやってみると楽ではないと思うが。
あと布が数センチ(小節)と言われたらどう対処するか?その場合は即興性も必要だろう。
切り貼りの果てに、自分の音楽の大切な部分を失くしてしまったら意味は無いが、それを守りつつ、やはりバレエと共に呼吸しながら、音楽を創る作業が大事だと感じた。


▲ページTOPへ


<< 総まとめ N0.4 へ       総まとめ N0.6 へ >>