2003-03-25
(Tue)
<びっくりぎっくり体験記 後編(外出編)>
さて、このまま放っておくよりも、少しでも早く治療をという事になり、あるハリ治療院に行く事になった。以前、主人と子供がそこにお世話になった事があり、非常に良く効くと言う。会社から近いので、主人がこの日ばかりは車で送ってくれる事になった。
ところが車に乗り込むのは意外に大変!布団にすべり込むのと同じ位、腰を使っている。
しかもシートは後に深く沈み込む様に出来ているから、車がカーブする度に例の「ガクーン」はやって来た。イタタ・・・
さて治療院前に到着したが、で、何処?という感じ。看板はあるが姿がない。駐車場の奥に、狭い階段があった。そろそろ上って行くと、階段脇には下町らしく、近くの神社の縁起物やみやげ物が、所狭しと並べられている。上り詰めたドアが治療院の入口だった。
「どうされました?」出て来たのは私と同世代と思われる、真面目そうな感じの御主人。後ろにはおおらかな感じの奥さんがニコニコと立っている。
奥にはカーテンで仕切られた診察台が3つほど。その一つにやっとの思いでよじ登ってうつ伏せになって待っていると、もうほとんど「まな板の上の鯉」の気分だった。「いやあ、随分筋肉硬くしましたねえ、じゃ、ハリ打ちますから、力入れないでね。」と言われたが、ついつい緊張する。それでもだんだんタイミングもわかって来ていい調子。打ち終わると御主人と入れかわりに奥さんが入って来て、ハリに電気を通して出て行った。
バックミュージックは演歌と思いきや、意外にもバレエ音楽「白鳥の湖」だった。やがてそれは「ユーミン」や昔懐かし音楽に変っていった。となりの診察台から、常連と思われるお婆ちゃんと御主人の話し声が聞こえる。御主人はどうもこの地区の何かの世話役をやっているらしく、お婆ちゃんの頼み事にも診察しながら親切に答えていた。
やがて、私の腰の、特に具合の悪い箇所に効きバリとお灸がすえられて、モウモウと薬草の煙が立ち込める中、治療が終わった。と、思いきや、奥さんのマッサージが始まったが、整体を兼ねているのかものすごい力で、もう飛び上がりそうだった。
ところが驚いた事に、全部終わったら体がスッと軽くなった感じがして、スタスタ歩いている自分がいる。
「来た時より随分いいみたいですねえ!」
自分の事のように嬉しそうに、ニコニコしながら御主人が言った。
お礼を言い、ドアを出て振り返ると、その小さな治療院が、なんだかハリ神様の祠に思えた。
鍼灸師という技術があって、お客が来る。地域の世話役もしていれば、また信用されているのだろうか、次々人がやって来て繁盛している。一つの生き方としてすごいな、と思った。ただ、御主人はこんな事も言っていた。
「好きな渓流釣りは、もうやめましたよ。」
そう、自分が怪我でもしてハリを打ってもらうようになったらおしまいだから。プロ野球の選手じゃないけど、自分の体一つで支えるんだから、男の人も本当に大変だな、なんて今日は妙に真面目な気持ちになって、家路についた。
結構体が楽になったので、JRに乗ろうと横断歩道を渡る。けれどさすがにいつものようにはいかない。青信号がパカパカと点滅し始めた時、まわりは皆素早く渡り終えていたが、まだ私は半分位だった。何だか、私の横で一刻も早くダッシュしようと身構えている車がライオンの群れで、自分がこれからガブリとやられるシマウマに思えて来た。せめても、
「チェッどうせならもっと若くて旨いのを狙うんだった。」なんて言わないでおくれ!
JRに乗ると、今日ばかりは、優先席の方向に何となく足が行ってしまった。
優先席は年とともに微妙である。少なくともちょっと前までは年配者に譲るのは何でもなかった。けれど最近、特に高齢者はともかくも、六、七十代位の男性になるとやりにくい。私位の年代の女性に席を譲られるのにはかえってプライドもあるかも?まあ、ともかくも、そこで寝ている若い女の子の足を踏みたかった。
家近くの駅に辿り着いて歩いていると、向こうから御夫婦でお付き合いしているSさんの御主人が、手に痛々しい包帯姿でやって来た。「どうしたの?」「犬に噛まれちゃってさあ!ところで聞いたよ、そっちはどう?」「まあ、ボチボチ。お互い気をつけないと駄目なトシになっちゃったわねえ。」「ほんとだよ、お大事に。」そんな会話をかわして別れた。
もう少しで我が家。でもそろそろ腰に来始めた。トボトボ歩いては止まり、腰に手をやってグッとのびをしたら、ン?向こうから来たバスの運転手さんが私を覗き込むようにして止まりかける。まさか!それは近くの老人ホームに行くバスだった。この辺を巡回して戸口に立って待っている老人を乗せて行ってくれるあれに違いない!あわてて手を横に振って「違う」とサインを送ると無事私の前を通過してくれたが、その時私はビックリする光景を目の当たりにした。なんとそれは着飾った若々しい老女、老女!その中の一人が、片手にしっかりとマイクを握っている。どうもカラオケでもやっているのか、音楽が聞こえて来て、華やいだ雰囲気が伝わって来る。バスが通り過ぎる時、私は想像したのだ。虚ろな目をした、寂しげな老人達が揺られて行くのを。それがどうだ?中は老女ばっかり。しかもあの異様な明るさは何だ!平均寿命が多少長いのでそうなるのか?
ともかくも今日はショッキングな一日だった。それにしてもあの御主人、自分の腕一本に家族を背負い、治療に明け暮れる、あの実直そうな鍼灸師の御主人の姿を見てきてしまった後だけに、何だかフクザーツな気持ちになってしまった。(完)
長々お付き合い下さってご苦労様。えーバカな事を語っている間に戦争は始まり、とんでもない情勢になってしまいました。 |