2003-09-23
(Tue)
*湖岸の村で
なんだかんだで遅くなったけど、まだ日は高い。こんないい天気もこの地方で珍しいと聞いたので湖岸にブラブラと歩いて行った。湖岸近くの教会では丁度結婚式が行われた所だった。昔風のスタイルの紳士淑女が群がっていて、何だか「マイフェアレディ」の世界にタイムスリップした感じ、こちらまで華やいだ気分になって来た。面白かったのは、主役の二人が馬車で出掛けた後、シルクハットやドレスで着飾った人達が、そのままの姿でぞろぞろと湖岸まで歩き、楽しそうに船に乗り移り、出航して行った事だ。なんだかとてもおおらか。日本だったら留袖を着たままでワイワイと十和田湖の遊覧船に乗るだろうか?!
私も湖を渡る船に乗ってみた。特に対岸は一切の建物を規制しているとみえて、建物もあまり見えず、周りは確かに素晴らしい景色だった。
ただ、何て言ったらいいんだろう?旅というものはそういう時の景色が、ものすごい強烈な一瞬として残るのかというと、そういうものでもないから不思議だ。何処かに何か物足りなさを感じつつ宿に戻ろうかと思ったが、イギリスでは夕方6時はまだ昼間の明るさだ。
ガイドブックに、この村の隣にウインダミア村があり、オレスト・ヘッドという、眺めのいい丘があると書いてあった。30分位で登れるようだったが、こんな時間であまり人もいないようだったら止めればいいと、とにかく行ってみた。幸い観光客、地元のお年寄りなどが三々五々登って行く。お年寄りを守るようにゆっくり登って行く家族もいて、私が追いつくと、すぐ道を開けてくれて、「ハロー」と優しい目で声をかけてくれる。
何だか、ひからびた東京の街で忘れていたものだ。とても懐かしく嬉しかった。
ほどなく頂上に着いた。眼下には細長いウインダミア湖が広がり、遠くには山が望める。
これは何処かで出会った風景だ。駒ケ岳から見下ろす「芦ノ湖」、確かにそれもそうだ。この湖は細長く、なんと17kmもあるとか。
でも、私は清水生まれなのでもっとオリジナルな発想で、原風景に近く説明するのなら、あの日本平に登ってみよう。そこから見下ろす静岡と清水を結ぶ静清国道(約12km)が見える。これを幅広にして水で満たして湖にするっていうのはどうだろう?!
まあともかくも、私はここでユニークな日本から来た男の人と出会う。真っ黒に日焼けした顔にたくましい体つき、年の頃60歳位のひげ面のその人は、ドサリとリュックを置くと
「いやはや、よく歩いた。さすがに足が疲れた!!」
と、私の方を向いてニコニコ笑った。まあ、その後どんな会話になったかというと・・・
「今日はどちらをまわられたんですか?」
「この湖岸をずっと歩いてね。そうだねえ、今日は20km以上かね。」
「えーっ ずっと歩いて?! お一人ですか?」
「ウン、僕はほとんど一人で歩いているよ。今はイギリスだけど、これから北欧に渡ってそれからヨーロッパまわって日本に帰るつもり。2年かけるって家族に言って来たから。」
「えっ 2、2年も?! あのう・・・ご家族はそんなに長くても構わないと?」
「うちはね、子供は男でもう独立しちゃっているから心配ないし。あ、女房? 実は誘ったんだよ、今回一緒に行かないかって。そしたら、ほら、趣味がガーデニングだから、『そんな長い間、草花を放っておけません。』って言われちゃったわけ。」
ふーむ、私は考えた。夫からこう切り出されたらどうするだろう?「いや、その前にアンタ、自分の夫を放って出て来てるでしょ。」と、突っ込みをかけられそうだ・・・
「こういう一人旅のこと、ずっと考えて来られたんですか?」
「うん、僕はね、本当はもっとずっと後でこれをやろうと思っていたんだけど・・・ただね、時期っていうのもあると思う。もうさんざん会社の為には十分働いて来たから。それで思い切って早めに来た訳だけど、やっぱり良かったと思うよ。こうやって歩けるのも今のうち。歳をとってしまったら今のようには動けないもの。」
補足するなら、彼は食事作りは苦にならないそうでユースホステルで自炊し、また何かの武芸に腕があるようで、帰国後の第二の人生はそれで(多分教えるとかして)いくらしい。
日が少し傾いて、湖はまぶしいほどに輝いていた。夕景を見ようとそぞろ登って来るお年寄り、家族連れ。その誰もがまた登り切った所でお互いに微笑み返す。
「本当に不思議に思うよ。何だろう?このゆったりとした時間の流れは。」
私も同じ事を考えていた。別に日本にも同じような環境はあるのだけど。確かに山に登るとこれに似た光景に出会える。山の人は登って来る人に道を譲るし、行き交えばあいさつをする。山小屋に早く着けばベンチでゆったりと自然に包まれていたりする。とにかく都会でない事は同じだけれど、イギリスは日本のような急峻な山は少ない。だから「登山」というほど身構えなくても、地元の人、観光客が身軽な格好で登れるこんな丘が結構ある。
だからこそ、自然はもっと身近にあり意識も高い。あの「ピーターラビット」で有名なベアトリクス・ポターは、開発される湖水地方を危惧して、印税で広大な土地を買い、自然を決して壊さない事を遺言に残し、ナショナル・トラスト財団に寄贈した。彼女は「牧場の針金の太さが景観を壊さないよう、何番を使う。」に至るまで、こだわったそうだ。また何人かの人達が立ち上がり鉄道建設に反対し、湖水地方の入り口で鉄道をストップさせた。
最初私は初め美しい景色を見ても、そう強い印象を持たなかった。けれどフラリ登ってみた丘での何気ない、人との出会いの中で、それがどんなに大事なものか実感したのである。
(次が旅行記最終版) |